2009.10.31 チベット展
20091031030821
20091031030815
「聖地チベット‐ポタラ宮と天空の至宝」展に行ってきました。

美術館の前では「FREE TIBET!」の方が「チベット本土からインドへ亡命した子どもたちの絵」という小冊子とチベット国旗と、「ここに展示されているのは、中国政府がチベットから奪ったものです」と書かれたホワイトボ―ドを展示していました。


チケットを買おうとしたら後ろから腕を掴まれ、あらぬ方向へグイッと。
年貢の納め時か…と観念したら、初老のご夫婦が、一枚余ってるからあげるわとチケットを下さいました。
仏のご加護でしょうか?


10年程前、一度ラサに行ったのですが、高山病でポタラ宮とノルブリンカくらいしか行けなかったのです。
五体投地しながらの巡礼者を見ると、街中のお寺にも気軽に観光という気になれず、真剣に信仰してらっしゃる方の邪魔をせずに遠くから観るだけになっていました。

なので今回はゆっくり観る良い機会。
チベットには魔女が横たわっていて、主要な寺は魔女を封印するために建てられたとか、チベット医学のタンカや高僧の頭蓋骨で作ったカパ―ラ、寺では布が掛けられているので一般では見ることができない仏像の全身など、珍しいものがたくさん観られました。

仏像も素晴らしいものしかないのですが、中でも「緑タ―ラ―坐像」がものすごい美人でした。
この像だけモデルさんがいたのでは?と思うほど、他と違うお顔をされています。

高さ60㎝ほどでありながら物凄い存在感の「白傘蓋仏母」
羽のように広がった千の手と、帽子のような千の顔、複数の足で獣を踏み、長い傘を持っている。日本では見たことがありません。
自然と頭を下げてしまいます。

思ったよりも夢中で見入っていました。日本の仏像とは違う良さがありますね。

外へ出たら、また「FREE TIBET! 」
一気に現実に戻ってきました。
小冊子の最後の題は、
「いつか中国人とも仲良くなりたいな」
チベット人と中国人が握手している絵でした。


スポンサーサイト
2009.10.28 がん幹細胞
27日の朝日新聞朝刊に、「がん幹細胞」という記事がありました。

簡単にまとめると、

「がん幹細胞」は他のがん細胞に守られていて、放射線や抗癌剤にも強い。

高い増殖能力を持つ「がん幹細胞」が死なない限り再発を繰り返す。

「がん幹細胞」を殺せば、あとは放射線や抗癌剤で対処できる。

がん幹細胞があることが分かってきたので、新しい治療法の研究も始まっています。


父が食道癌で他界したのが9年前。
その頃は、大腿部の太い血管からカテーテルを目標とする場所まで入れて抗癌剤を投与する事で、濃度が高いまま直接がん細胞を叩け、尚且つ他の臓器への悪影響を抑えられる。
という治療法が、癌治療最前線のようにTV放映されていました。
その頃からすれば、格段の進歩ですね。


父は最初のムンテラで、

手術しても一年。しなくても一年。手術の場合、心臓に転移があれば何もせずそのまま閉じます。

とのお話があり、抗癌剤と放射線を選択しました。結局、4ヶ月でしたが。
短いですが、ほとんど海外で家にいるのは月3日という状態でしたので、意識が飛ぶまでの3ヶ月、話しが出来たことでお互い空白の時間を埋められた気がします。


治験を嫌う方もいらっしゃいますが、新たな可能性に賭けてみる意味はあるはず。
今、病気が治っても、いずれ必ず死は訪れます。

今この時を大切に。


2009.10.24 南田洋子さん
TVで亡くなる二週間前の姿を拝見しましたが、とても穏やかな良いお顔をされていました。
神様からのご褒美なのでしょうか?
亡くなる前に穏やかな時間を過ごせるのは。

ご冥福をお祈り致します。

2009.10.23 健康の定義
健康とは何?と問われると、「病気では無い状態」とか、「元気な状態」と、いまいち説明しずらいです。実際、国語辞典を見てもその程度の説明でした。

WHO(世界保健機関)の健康の定義では、

完全な肉体的、精神的、スピリチュアル及び社会的福祉のダイナミックな状態であり、単に疾病又は虚弱の存在しないことではない。

と、あります。
どうもスピリチュアルとダイナミックを上手く訳せないのでカタカナ表記になっていますが、
「スピリチュアル」は「人間の尊厳の確保や生活の質を考えるために必要な、本質的なものである。」
という見解で、「宗教心」や「霊的」という訳を当てている文章もありました。
一般的な意味の宗教でなくとも、「信念」など、精神的柱になるものがあれば良いのでしょう。

「ダイナミック」に関しては、「健康と疾病は別個のものではなく、連続したものである」という説明なので、さらによく解りません。


訳は置いといて、健康とは単に病気じゃない状態のことではないですよ!という意味ですね。
どこからが病気でどこからが健康かという線引きも難しいですから。
医学上健康でも調子の悪い方はたくさんいらっしゃいますし。

健康と不健康の二者択一ではなく、今日は「60%健康」のような捉え方だと、少し冷静に自分の状態を把握することができそうですね。


2009.10.21 誕生日
20日は母の71回目の誕生日。ささやかながら皆で集まり、お祝いしました。

実家はそこそこの山の上なので、毎日歩くだけでも健康を維持出来ているのでしょう。

ウォーキングをされている方も多いと思います。
紅葉の季節、平ではない落ち葉の上を歩くことで、足腰の衝撃も減り、バランス感覚が鍛えられます。

ジムのトレーニングも良いですが、外に出たほうが気持ち良いですね。


2009.10.20 昔と今と
数人の親戚がお祝いにいらっしゃって下さいました。
祖母の一周忌以来なので、8年ぶりになります。

母が嫁ぐ以前のお話や、父と仕事上の繋がりもあったのだとうかがうことができ、私が知っている以上に交流があったのだと知りました。

退職されてから資格を取り、現在は社会保険労務士としてご活躍されていらっしゃいます。
65歳を過ぎて新しいことに挑戦される、すばらしいですね。
年金や保険のこともいろいろ勉強させていただきたいです。


男性は定年退職した途端に社会性がなくなり、内に閉じこもってしまい勝ちですが、そこが良い老後を迎えられるかの境目となりますね。
患者さんにもいらっしゃいましたが、80代にしてダンス・カラオケ・輪投げなどのサークルを掛け持ちされている男性。
兎に角お元気です!
元気すぎて無理をしすぎてしまうので、時々肩が上がらなくなりますが・・・

生きている間、一番大事なのは「今」です。
昔話しかできないのは、「今」が薄いから。

デイサービスや地域の福祉課がサポートしている老人のサークルがあります。
「あんなくだらない事・・・」
などと言わずに、参加してみる、させてみる。
どんな形であれ、コミュニティーに参加することで孤独ではなくなります。
過去を振り返るばかりでなく、それを伝えていくことで新しく何かが動くと思います。



15日なので、朝5時からの高幡不動の護摩修行に行ってきました。

初めて車で行ったため迷ってしまい、気が付いたら多摩動物園にいましたが、それでも5時10分にはお堂に座ることができました。

静かな読経が穏やかな海のうねりのように心地よく、実際にゆらゆら揺れている方も。


早朝の空気は透明でいながらしっかり質量も感じられ、呼吸の度に体内を洗われているかのようです。

人間社会で生きるのは、楽しく、厳しく、ときに辛いものですが、生活から切り離された時間~役割から離れて自分自身を見る時間~を持つことは、きっとあなたを回復させてくれますよ。


2009.10.14 伝える
今日は空手に行ってきました。
練習後に師範から、独立して道場開設した当時のお話を伺いました。

空手を通じて、道場生に何を伝えるのか?
どういう場所を提供するのか?
大会に行くと他の師範から、道場生の人数を聞かれることがあり、そのたびに「数じゃないだろっ!」と思うそうです。


私も治療と介護で何かを患者さんと要介護者さん達に伝えているはず。
改めて振り返るきっかけになりました。


帰りの車のラジオで、合唱に関する質問にゴスペラーズが答えていました。

自分達のクラスは人数が少なく、迫力で負けてしまうと。

対して、
大勢で歌うと、「みんなの歌」が「誰かの歌」になってしまうことがある。
少人数だと各パートを自分が歌うしかないから、みんなが「自分の歌」を歌って、「私の歌を聴いて!」という気持ちが、聴衆の心を打つのだと。


何を伝えるか?
どうやって伝えるか?
どれだけ強く伝えたいのか?


いろいろヒントを頂きました。

2009.10.08 介護の経験
介護職を本業にしていたのは6年間。
父が一時期入院していた救急病院に、看護助手として右も左も分からぬ状態で入りました。


良き先輩、良き患者さんに恵まれて、育てていただきました。
最初は特例病棟という、65歳以上で慢性疾患を持つ方の病棟でした。
長期入院の方々ばかりなので、家族のような感覚になってきます。

「ここを持って、こっちに動くと楽だよ。」

と、患者さんに具体的に教えて頂くこともあり、若輩者を優しく長い目で見ていただき、感謝と恐縮の毎日でした。

鍼灸を学び始めてからは、教科書にある症例の患者さんと毎日接していることが良い経験になりました。


つらいことも多々ありましたが、支えになったのはやはり患者さんからの言葉。

~あんたが来てくれて
       良かった~

それに尽きますね。


認知症の介護の現場では、顔に食べ物を吐きつけられたり、糞尿を素手で処理したり、首を噛まれたり、殴られたり引っかかれたり、普通に起こります。

それでも続けられたのは、以前の人柄や孤独感・寂しさを知っているから。

乱暴されれば怒りも湧きます。が、その姿がすべてではないことも知っています。


関わった患者さんのうち30人くらいが亡くなり、5回ほど死後処置に入りました。

父が癌で他界していたこともあり、思ったのは、

もう一歩踏み込んだ関わりがしたい。

癌でも何でも、治せる力が欲しい。

必ず死ななければならないのだから、それまでは穏やかに楽しく生きていただきたい。


この3つから、治療家の道に入りました。